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【世界史論述】唐の運命を左右した「3点セット」

今回考える問題はコチラ。

唐はなぜ滅亡したのか。制度の変容に注目して説明せよ。(200文字程度)

空前の繁栄を実現した唐。
一体なぜ滅亡したのでしょうか。

 

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今回は
Causal relationship(因果関係)
Change(変化)
を問う問題です。
滅亡の直接の原因は、「黄巣の乱」が起こり、朱全忠に国を乗っ取られたことです。
つまり、「王朝の死亡フラグ」のうち、「反乱が起こる」のパターンですね。

 

3c-history.hateblo.jp
しかし、その前に、唐が衰退する「キッカケ」があったのです。
ズバリ、「均田制・租庸調制・府兵制」の「3点セット」の崩壊です。 

❶「均田制」とは、国の土地を民衆に等しく与え、死後返納させるもの

❷「租庸調制」は、均田農民に等しく税を課すもの

❸「府兵制」は、均田農民の戸籍を利用して徴兵するもの 


つまり、唐の繁栄は「農民」をコントロールできることが大前提だったのです。

ところが、以下の流れで「3点セット」が崩壊します。 

唐代末期の人口増加や商業発達

農民に貧富の差が開く

農民が没落し逃亡

農民から徴税できなくなる(均田制の崩壊)

民衆を徴兵できなくなる(府兵制の崩壊)

税制を変更(両税法の採用)

兵制を変更(募兵制の採用)

 
つまり、「取れる人からだけ税を取り、なりたい人だけ兵隊になる」

という制度になったのです。
実際は「イヤイヤ」兵になる人がおおく、兵力が低下します。

これが節度使の強大化や反乱を招き、唐滅亡につながっていくのです。

解答例は以下のようになります。

唐の体制は、均田制、租庸調制、府兵制の一体的運用によって成り立っていた。しかし、唐代末期の人口増加や商業発達にともない農民に貧富の差が開き農民が没落し逃亡するようになった。すると、農民から徴税できなくなることで均田制が、農民を徴兵できなくなることで府兵制が崩壊した。そこで税制を両税法に、兵制を募兵制に変更したが、国力の低下は避けられず、節度使の強大化や反乱を招いてしまった。そして最終的に朱全忠に国を奪われて滅亡するに至った。

 

 

 

今回はここまで。